「 ひとを好きになる」ということ  
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07/19  
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「ひとを好きになるって、どういうことなのか分からないんだけど..... 日出夫オジちゃん教えて」。
もう十年程前、六本木の個展をみにきた姪っ子が、唐突に切り出した。

当時彼女は私立の高校に入学したばかりで、スーパーモデル並の容姿。進学クラスで成績一番の男子に告られたということ。でも、「好き」の意味が分からないと真顔で訴える彼女の目は悲しげで真剣そのもの。

彼女の、ある意味特殊な家庭環境を知っている僕としては、ここは軽薄なことを迂闊に言えないぞと、何年経っても色褪せない解を探すべく、さほど多くない自分の引き出しをゴソゴソまさぐった。
 でも、こんな人生の本質を突く問に即答など出来るはずがない。
 
 
落日..... 2021年7月 pm 06:43
 
  「好き」の原型は、乳幼児期に母子関係の中で形成される心の領域であることは確かだと思う。そして、幼児期に家庭の中で醸成され、やがて思春期を通り恋愛感情も生まれ大人になってゆくという流れが一般的かなと。

で、この姪は、四歳の頃には父親が蒸発して居なかったので、いわゆるシングルマザーの下で育った。母親は、新聞社の校正の仕事に就いていたので、帰宅は夜中の二時過ぎも珍しくはなく、その間、実家の祖母が母親の帰宅まで添い寝するという状況だった。

そんな姪っ子から、「好き」の意味がわからないと問われても、その真意は字面の外にあることは分かりきったこと。で、あまり長く逡巡していると「それはハンディのある環境故......」と吐露しているのと同じことになるので、ここは男女間に限定した解を伝えることにした。
 
   
  あっさり言うと、姪っ子は、その男子に興味がなかったのだと思う。でも、本当に「好きになるということ」が分からないとしたならば拙いので、ここは限りなく普遍的な解を選んだ。
「M(姪の名)がさ、告った男子と二人だけの閉じた関係ならば『好き』の意味はよく分からないけど、そこに第三者、例えば告った男子のことを好きな娘が出てきたりすると『好き』の意味があぶり出されたりするかも知れないじゃん。つまりさ、三人以上居ないと『好き』の意味は生まれないかも知れない.......」。

これ、意味伝わらなかったろうなぁと。。

伝えたかったのは「対幻想」という、思想界の巨人故吉本隆明(吉本ばななのお父さん)の考え出した概念で、掘り始めると無茶苦茶深く難しい概念になります。ざっくり言うと「対幻想」=「恋愛」=「家族」で、国家が生まれるに当たって必要な観念です(超面倒くさい概念なので説明は避けます、ごめんなさいm(_ _)m
 
何で、こんな話をし始めたかというと、もう世界はみな、長いコロナ禍に耐えられなくなってオリンピックはやるは、サッカー欧州カップは満席で(マスクなしで)やるはと、気狂ってきたので、ここは生のコミュニケーションの話題にでも触れないとバランスが取れないかなぁと思ってのことです。

....... つづく
   
   
   
   
   
   
   
   
 
   
   
   
   
   
   
   
   
   
   
 
 
   
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