僕らの時代 ― ミゼットと渡辺のジュースの素 ―
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奥住先生と「母性」について 
 
「ミゼットと渡辺のジュースの素」が高度成長期の基盤を作った‥‥これ、僕の持論です。案外当たっている様に思うのですが.....。

僕らにとって「豊かさ」は、有無を言わさず「経済」を指した。その象徴が三種の神器「白黒テレビ・洗濯機・冷蔵庫の家電3品目」。そして「僕らの時代」は、多くの家庭が「貧しさ」を肌感覚で共有できていた時代でもあったと思う。

鳴り物入りで家庭に入ってきたTVでは、連日豊かさの象徴であり、また目標にもなったアメリカのホームドラマが放映されていた。『パパは何でも知っている』から始まって、『うちのママは世界一』(シェリー・フェブレーの『ジョニー・エンジェル』好きだったなぁ)。僕のお気に入りは『ビーバーちゃん』で、主人公の兄が、白くて分厚い冷蔵庫のドアを開け、大きな瓶の牛乳を好きなだけ飲むシーンは衝撃的だった。
 
そう、小学校の頃、姉と一緒に我が家には家電がいくつあるかを数えたことがあった。もちろん、その数は、即「豊かさ」と「幸せ度指数」を意味していた。そして、「蛍光灯」をカウントするかどうかで揉め、結局外されたように記憶している(そりゃそうだ;;)。

社会・経済・文化に通底していたのは「アメリカ」であり、僕らは必死にコピペした。TVのバラエティー番組は「culture」が牽引し、笑いもクレイジーキャッツに象徴されるように知的で洗練されていた。音楽に関しては、今と違ってシャンソンやカンツォーネもラジオでよく流れていたように思う。もちろん、アメリカンポップスが席巻し、やがてビートルズに引き継がれていくことになる訳だが...。


好い意味でも、悪い意味でも「僕らの時代」は、様々な記録を塗り替えてきた。人口・経済・教育・文化 etc
 
   
今では「老害」と揶揄される団塊の世代が、根拠なく自信を持っているのは、こういった「初めての体験」をリアルタイムで積み上げてきたことによる、云わば成功体験にある。けれども、十年前世界2位だったGDPを中国に抜かれ、数年前に個人的GDPをお隣韓国に抜かれ、僕らは、すっかり自信を失ってしまった。


僕らは気が付かずに過ごしてきたけれども、こういった兆候は高度成長がピークを迎える前にみえていた様に思う。

そう、クレイジーキャッツの人気に陰りが見えて、その人気がドリフターズに移った時、とても寂しかったが、今思えば、この時が「culture」から「subculture」に文化の主軸が移った時だった。そして、この時点で日本のアニメが世界を席巻する文化的な素地が出来ていたように思う。
 
僕らは当たり前に高度成長を享受してきたけれども、実はこの「高度成長」は200年に及ぶ資本主義社会の中で、たったの20年~30年の間に起きた特殊な事象だということが分かっている(2014年に出版された『二十一世紀の資本』による)

それにしても、まさか自分が70歳の古希を迎えるとは..... そして、膝に水が溜まるとはいえ、現役でサッカーを楽しんでいるとは誰が想像しただろうか。 

きっと、みなさんも同じ様な状況だと思うのですが、
「子曰く、吾十有五にして学に志す、三十にして立つ、四十にして惑わず、五十にして天命を知る、六十にして耳順う、七十にして心の欲する所に従えども、矩を踰えず」
この論語の教えを、百歳に引き延ばして修正することを、歴史上初めて経験しているのも「僕らの時代」になります。天変地異、そしてコロナと、この先未だ未だ「初めての体験」が待っていそうですが、何とか騙し騙し、それなりに元気で過ごしていけたらと願う今日この頃です。

では、では。
   
 管理人:東 日出夫  
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