「SWEET CANDY」
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暑かった夏の盛りも過ぎ、「カナ、カナ、カナ....」とひぐらしが鳴く頃、
少しだけ秋を含む夕暮れの風のなか、毎年同じフレーズがリフレインする。

「今年の夏もあぁ何もしなかったわ....」

そう森高千里の「SWEET CANDY」のフレーズ。

みなさんも今頃になると、同じ様な感傷に浸るのではないでしょうか。

学生時代の夏休みは、何だか自由な時間を無限に手に入れた様に感じ、あれもこれも出来るように錯覚した。けれども、二学期直前には「夏休みの友」はおろか、好きな工作を除いた諸々の宿題は半分も仕上がっていない.....そんな小学校以来変わらない風景。。
 
もうちょっと何か出来たのでは....

学生時代とは、自分を等身大に見ることが難しい時期でもあるので、過剰に自分に期待したり、あるいは自己評価を低く見立てたりと、リアルな自分とピタリと重なる像が描けず悶々と過ごす時期でもあったように思う。


そして、70歳を過ぎた今でも、学生でもないのに八月の夏休みを前にして、何だか心がうきうきするのが不思議です。
 
   
若かった頃は、蒼い空と白い雲の浮かぶ夏が一番好きだった。いまでは、それぞれの季節の「今」をとても自然に愛おしむ自分がいる。そして、晴ればかりではなく、そぼ降る雨もしっとりと心が落ち着いて好いもんだなぁと素直に感じる。


思春期に、全てを出し尽くして燃焼できる「何か」に出会えたひとは幸運だと思う。もちろん、本人の努力で掴んだものなので、棚ボタで幸運を拾ったわけではない。

でも、きっと大方のひとは、何かをやり残して無為に過ごしたことの「悔い」を、多少なりとも引きずっているのではないでしょうか。


「今年の夏もあぁ何もしなかったわ....」というフレーズは、そんな僕らが共通して持っていた若さと未熟さのメタファーの様にも思えます...。
 
「SWEET CANDY」          作詞:森高千里/作曲:高橋諭一
南風が夏の街を通り抜けてく
今年の夏もあぁ何もしなかったわ
午後の街を歩く
いつもよりも急ぎ足で
ギンガムのシャツの襟が風に涼しい
街路樹の緑が
風にそよぐ音を聞いて
ふと見上げると空には白い三日月
二人で見たあの日の空思い出す
一人きりで歩く街は
今でも慣れないわ
南風が夏の街を通り抜けてく
今年の夏もあぁ終わってゆくのかな

映画館の前ではしゃいでいる子供達が
私の事を見ながら手を振っている
空が蜜の色に染まってくる夕暮れには
あの白い月忘れようといろんな街歩いた
どこか遠い青い海を見たいな今すぐに
南風が夏の街を通り抜けてく
今年の夏もあぁ何もしなかったわ
青い空がとても気持ちいい夏の日
明日いい事あるそんな風に信じよう
・・・・・
 
 管理人:東 日出夫  
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